元家裁書記官が教える相続のリアル|遺言を残すメリット・デメリット
遺言を残すメリット
遺言は、自分の財産をどう処分するかを決める最後の機会のために作成するものであり、人生においてとても重要な意義を持ちます。
ですが、日本では遺言の普及率が海外に比べて非常に低いと言われています。
超高齢社会であるにもかかわらず、です。
日本財団が2025年に60代・70代の男女2,000人を対象に実施した調査によると、遺言書を作成しているのは全体の3.4%にとどまり、8割の方が作成予定や意向が無いという回答になっています。(出典:日本財団「遺言・遺贈に関する意識・実態把握調査 要約版」※PDFファイルが開きます)
これに比べて、アメリカやイギリスでは、遺言に相当する制度の利用率は過半数にものぼると言われており、また、利用するタイミングも高齢になってからに限らず、人生の転機が訪れる都度更新していく考えが浸透しています。
私は、このような遺言の普及率の異常な低さが、相続争いが多くなる要因のひとつであると考えています。(司法統計年報によれば、令和6年の遺産分割事件の申立件数(審判+調停)は1万6321件)
相続争いが起きてからではなく、生前にそれを未然に防ぐ対策を講じておく「元気なうちの予防法務」の視点が重要あり、遺言はこの「元気なうちの予防法務」を実践するための代表的な方法です。
そこで、まずは遺言を残すことにより得られるメリットを5つ紹介します。
相続に自分の意思を反映できる
相続の対象となる財産は、言わずもがな自分が築き上げてきたものです。
生前に自分の財産を何にどう使うか、誰にいくらあげるかを決めてきたのと同じように、遺言を残すことによって最後の使い道を決めることができます。
相続人以外の人や法人に財産を渡すことができる
遺言がなければ、相続人以外に財産を渡すことはできません。
遺産分割協議に参加できるのも相続人だけです。
しかし、遺言を残すことにより、生前と同じように、相続人に限らず自分の希望する人や法人に財産を渡すことが可能となります。
遺産分割協議をすることなく相続手続ができる
遺言書がなく、相続人が遺産分割協議をすることとなった場合、相続人全員の合意が必要となります。
一人でも反対する者がいれば相続手続ができないことはもちろん、外国に住んでいる人がいる場合、音信不通の人がいる場合、行方不明の人がいる場合、認知症で協議内容を理解できない人がいる場合、いずれの場合も「事情があるから仕方ない、その人は除いて他の人たちで合意しよう」というのは通用しません。
不在者財産管理人や後見人の選任など、まず協議の前提条件を整えるところで煩雑な手続きをとる必要が出てくることもあります。
相続争いを予防できる
遺産分割協議は一人でも反対すると成立しないため、ハードルは思った以上に高いです。
また、過去の記事に記載したとおり、仲が良い家庭でも、財産の少ない家庭でも、相続争いは普通に起こります。
本人のご遺志が相続人を納得させる最大の材料ですので、相続争いを防ぐのに遺言は大きな力を持っています。
付言事項を活用することにより、さらに納得度を高めることも可能です。
残された家族の負担を軽減できる
遺言がある場合、原則として、遺産の相続は遺言の内容どおりになされます。
遺産分割協議をする必要もなく、銀行口座や不動産の名義変更をするときも、相続人全員の同意などは必要ありません。
また、公正証書遺言や遺言書保管制度を利用すれば、遺言書の検認も不要となり、非常にスムーズに相続手続きを進めることが可能となります。
遺言を残すデメリット
デメリットはありません。
「え?」という声が聞こえてきそうですが、遺言を残すこと自体についてデメリットは何一つありません。
もちろん自筆証書遺言や公正証書遺言などの方式ごとのメリット・デメリットはありますし、それは過去の記事に記載したとおりですが、遺言書を残すのか残さないのかという選択肢においては、「残さないほうがいい」ということは絶対にないのです。
にもかかわらず、日本では遺言の文化が浸透していません。海外の専門家たちも日本の遺言の普及率の低さに驚くそうです。
そこで、以下では、デメリットだと勘違いされがちなものについて、実際はデメリットではない理由を挙げていきたいと思います。
勘違い① 手間と費用がかかる?
確かに、手間と費用をまったくかけずに遺言書を作成することはできません。
ですが、手間と費用を考えるのであれば、作成しない場合と比べなければ意味がありません。
遺言書を作成する手間としては、作成方法を調べたり、専門家を探したり、文字をたくさん書いたり、公証役場に出向いたりといったことが考えられます。
作成費用には、専門家への依頼の報酬、公証人手数料などがあります。
作成しない場合は、本人に手間や費用はかからないですが、残された家族は大変です。
まず存在しない遺言書を探し回り、遺言書がないことを確認した上で、財産をすべて調査し、相続人全員で協議し、相続人全員が納得できる分割方法を考え、揉めた場合には各自が専門家に相談し、解決できなければ裁判所で調停等の手続きをすることになります。
遺産分割協議書の作成費用や遠方の家族の交通費もかかりますし、専門家への依頼の費用は、依頼したそれぞれの相続人ごとに必要になります。また、裁判所での手続きにも収入印紙や郵便切手を購入して納める必要があります。
さらに、遺産分割について解決できたとしても、その過程で生じた家族間の軋轢はすぐに消えることはないでしょう。
このように、手間と費用については、残された家族に先送りにするかどうかの話であり、先送りにした場合は、遺言書を作成する場合の何倍もの負担になる可能性が高いのです。
よって、手間と費用がかかることは遺言書のデメリットとは言えません。
勘違い② 遺言に書いた財産は使えなくなる?
遺言に書いた財産は使えなくなったり、使ってしまったら遺言が無効になってしまうのではないかという不安があるかもしれませんが、そのようなことはありません。
遺言書は書いた時点では何も効力は発生しておらず、遺言者が亡くなったときに初めて効力が生じるものです。
よって、遺言書に書いた財産も、何かしらの制限がかかったりすることはなく、これまでと同じように使うことができます。
また、財産を使ったことにより、遺言書の内容と実際の財産状況が異なる事態になったとしても、遺言書全体が無効になるのではなく、減少した部分について撤回されたとみなされるだけです。
したがって、遺言書の作成時期をできるだけ遅くしたりする必要もありません。
むしろ、認知症等によって遺言能力について疑義が生じないよう、元気なうちに作成することが重要です。
その上で、財産状況が大きく変わるなどして、自分の意図する内容からずれてしまったりしたときに、遺言内容を見直せばよいのです。
勘違い③ 縁起が悪い?
遺言は自分の死を連想させるものとして、何となく縁起が悪いものとして踏み出せなかったり、親に薦められないという方もいらっしゃるのではないでしょうか。
確かに、遺言は自分の死後の話を書き、自分が死亡したときに効力が発生するものです。
しかし、その観点から言うと、生命保険についてはどうでしょうか?
自分に万が一のことがあったときのための準備として生命保険をかけたいけれど、縁起が悪いからやめておこうかなぁ…と考えるでしょうか?
おそらく、そこまで抵抗なく生命保険に加入している方が大半だと思います。
遺言についても本質は同じです。
自分に万が一のことがあったときのための準備として、家族の負担を軽減するために作成し、法的にその効力が認められたものです。
遺言は、遺書やダイイングメッセージのような単なるお手紙ではなく、むしろ生命保険寄りのお守りのようなものと言えるでしょう(実際、遺言と生命保険でバランスを取ったり、組み合わせて利用したりすることも多いです。)。
また、前述の日本財団の調査結果では、遺言書を残してよかった点として、「気持ちの整理になった」という回答が最も多くなっており、縁起が悪いどころか、心情的にも良い結果となることがうかがえます。
まとめ
以上見てきたように、遺言は誰もが残しておいて損がないものであり、残すことについてデメリットは特にありません。
ただ、そのメリットを最大限発揮させるためには、法律上の要件を確実に満たし、相続人の負担や遺言執行の場面まで見通したものを作り込むことが重要です。
「周りに作成している人がいないから…」とためらうことは、家族のためにはなりません。
まずは遺言書の作成から「元気なうちの予防法務」を実践していくことが、将来的に家族を守ることになります。
当事務所では、家庭裁判所で書記官として様々な遺言・相続問題を扱ってきた経験を活かし、様々な視点をもって、どういった内容の遺言が最も依頼者様のご遺志に沿うものになるのかというところから一緒に考えさせていただきます。
遺言の内容が決められない方や遺言を残すかどうか迷っている方もお気軽にご相談ください。
